こんばんは〜。
お風呂に入ってくつろぎながらパソいじってます

今日は朝から嫌なニュースが流れていました。
中学2年生の男子生徒が自殺した事件です。
ニュースでは自殺の原因がいじめであったと、そのいじめを誘発し
率先して行っていたのが教師であったと。
亡くなった生徒のご両親がその教師や校長、教頭を追求している場面が
ずーっとテレビで流れていましたね。
聞いていて思わず眉をしかめ、ため息がもれ、怒りがわき上がって来る内容でした

「からかいやすかったから」
教師にあるまじき発言、というか、言葉に出す前の発想。
なぜ彼は教師になったのでしょう。
短くはない教師生活、ずーっとそんないじめをしてきたのでしょうか。
ある弁護士さんが言っていました。
学校と言う社会の中で行われるから「いじめ」という言葉で括られてしまう。
一般社会で同じような事が行われれば、それは暴行であり殺人でもある・・・と。
「教師」という職業を論ずる前に、人として、人の世の心というものを忘れている。
この人は47年も生きてきて、人として何を学んできたのでしょう?
何も学ばずに何を人に教える事ができるでしょう?
どうやって未来ある若者たちを導いて行かれるでしょう?
数年前、小学校で半年間だけ、「パソコンの先生」としてお手伝いさせていただきました。
熱心な若い先生たちは、日々学び、悩み、補助である私からも何かを学び取ろうと
必死でメモを取り、相談してくださいました。
学級崩壊しかけている50代教師のクラスでは、何故か私が中心となって授業をしました。
歳を重ねたベテラン教師が悪いという訳では決してありません。
ベテラン教師には「経験」という大きな財産があり、
子供たちを長年愛してきた心があると思うからです。
実際に素晴らしい先生もいらっしゃいました。
ですが、逆に経験の上にあぐらをかき、学ぶ事をやめ、
子供たちと心を通わせたり、子供たちの心を読み取ろうとする
努力を忘れてしまった人も居るのが現実です。
今回の「いじめ教師」はまさにその典型だったのかと思います。
若い頃は情熱を持って頑張っていたのかもしれません。
人はどんな時でも学ぶ事をやめてはいけないと思います。
どんな職業に就いても、どんな状況に置かれても。
「学ぶ」とは教科書や学校だけではありません。
人が人から、子供が地域から、大人が子供から・・・
学ぶチャンスは何処にでも転がっているし、
周りにある全てが学びと言えるのではないでしょうか。
そして大人だからこそ、そのような学びを日々重ねるべきだと思うのです。
私も病から学んだ事がたくさんあります

病気にならなければ知らない事もたくさんありました。
人として、子供を社会へ送り出す一人の親として、
少なくとも我が子に恥ずかしくない、胸を張れる人生をこれからも送ろうと思います
