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命日にて(2019年)



今年も妻の命日を迎えました。

亡くなって丸12年の年月が経過…。

7日の土曜日に、子供たちと親しい親族が集まり十三回忌法要を執り行いました。

朝からどんよりとした天候で冷え込みが厳しく、雨が降らないことを祈っての法要となりましたが、なんとか墓前法要まで天気はもってくれました。

なによりも、妻がその行く末を心配していた子供たちも、それぞれが自分で生活の糧を得て自立してくれまして、妻の思いに応えることができたのかなと…。


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回忌法要を重ねるにつれ、当初は大々的に行っていた法要も年々縮小…。

日常の供養は毎日行っているし、法事(法要)という形をとることが必要なのかなという考えももたげたこともありましたが、そんな中で、ふと見ていたYou Tubeチャンネルで急に「なぜ法事をするの?」というおすすめチャンネルがでてきまして視聴したところ…歴史あるお寺さんの住職さんの話されている映像で、私の疑問をスパッと断ち切ってくれるありがたい内容でした。

福厳寺Channel


40分ほどある結構長い映像ですが、ぐいぐい引き込まれる内容でした。

まあ、お寺さんとしても法要などでお布施をもらうことが収入の柱でしょうから、営業的な意図もあるかもしれませんが、少なくとも私の感じていた疑問はすべて解消されたなと…。

ありがたいお話で、まとめることはとても難しいのですが、映像の中で繰り返されていたのは『感謝と追善』というワード…。

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【映像の要約】

亡くなった人が残してきた家族などに、メッセージを伝えられるとしたら、それは「私の分まで(いつまでも悲しんでないで)、後悔のないよう精一杯生きてね、明るく楽しく仲良く、自分の人生を全うしてね。」ということに集約されます。

では、生きている側の者が、亡くなった方の死を悼み、亡くなった方に感謝を示したいならどうしたらいいか…。

その答えは、人生をどう生きていくのかという大きな命題に対して、追善(進化)していくこと、それを法要の際に故人に対して示すこと、それが故人への最大の供養になるのです。

亡くなった方への感謝と供養の気持ちがあるなら、人間性を磨き、進化(成長)し、その姿を故人にみせる…それが回忌法要とリンクしていくということなのです。

人はどんな人間でも、必ず死を迎えます。

年忌法要というのは、亡くなった方への感謝・供養というのが半分、残り半分は自分もいつかは死を迎えるという避けられないことに対して、それを改めて自覚し、残りの人生をどのように使うのかということを自分自身に問うて、自分の意識と覚悟を決めていくという大切な儀式なのです。


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うまく伝わるか分かりませんが、少なくとも私が感じた疑問は霧散しました。ネット環境のある皆様…おすすめデス。

普段全く見たことがないチャンネルが突然おすすめとして出てくる…考えれば不思議な出来事でしたが、これもなにかの必然だったのかなと思いました。



十七回忌に向けて、少しずつでも進化できるよう、成長した姿を亡妻に見せることができますよう、前に進んでいきたいと思っています。



                        2019.12.11 macpapa 記
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プロフィール

まっくママ

Author:まっくママ
3児の母、40歳丙午の生まれ。32歳で乳ガンを発症して4年後に肺へ転移・再発したけど現在完治へ向けて治療中。治療に欠かせないのは主治医の力と神様の力、家族の愛、そして私の精神力!

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